Career Story

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2023.01.30

【事業推進本部】 ハイスキルなエンジニアを集めて、 OSTechに“精鋭部隊”を編成したい

日本海に面する富山から北・中央・南アルプスを縦走。太平洋に臨む静岡までの約415kmを、8日間以内に公共交通機関を使わずに自分の足で縦断するトランスジャパンアルプスレース(以下、TJAR)が、2022年8月に開催された。この過酷な“鉄人レース”に挑み、見事、完走したアウトソーシングテクノロジーの社員がいる。1月1日付で豊田支店から事業推進本部 バリューアップ推進部に異動となった関淳志だ。今回は、これまで大手自動車メーカーからの案件などを手掛ける請負チームを率いてきた関を取材。TJAR完走の話を手掛かりにして、「大きな目標を達成するための秘訣」などについて、語ってもらった。

PROFILE

  • 関 淳志(事業推進本部 バリューアップ推進部)
    ◆入社:2020年(中途)
    ◆趣味:TJARの準備、登山、マラソン、トレイルランニング、ゴルフ、バスケットボール

日本を縦断する415㎞の山道を完走

関さんは昨年8月に開催された『TJAR 2022』に参加し、見事に完走したそうですね。選ばれた人間しか参加できない“鉄人レース”だと聞いています。

はい。参加できるのは、事前に開催される選考会の通過者だけ。2022年の場合、「フルマラソン3時間20分以内の記録保持者」などの条件を満たした59名が選考会に参加。山中での生活技術や危険回避技術などのテストをこなしながら、本番のコースを含む日本アルプスのルートを2日間掛けて縦走しました。結果、29名が不合格になった中、私は合格。その連絡をいただいたときは、胸が熱くなって涙があふれましたね。

というのも、TJARは2年に1回開催されるのですが、実は私は、前回の選考会にもトライ。しかし「悪天候から避難する想定でテントを張る」テストで制限時間をオーバーしてしまい、不合格に。「生死に関わる状況で作業する」ことをイメージできておらず、侮っていた。そのことを反省し、それからずっと、平日は仕事が終わった後、毎日10km走るトレーニングを続けていました。基礎体力や走力をアップさせるのはもちろん、「走り続ける」ことで強いメンタルを鍛えたかったのです。そのほかにも、休日のトレイルランニングなどで技術を磨いた結果、今回はリベンジできました。

夜明け前のスタート時に、ほかの参加者と(最後列中央) 金森敬仁氏提供

毎日10㎞ですか! とてつもない努力を積み重ねているのですね。何が、そこまで関さんを駆り立てるのでしょうか。

「ゼッケンの重み」と表現すればよいでしょうか。TJARの参加者が身に着ける白いゼッケンに憧れていて。日本海から標高3,000m超の日本三大アルプスを越えて太平洋までの過酷なレースに挑む、選び抜かれた者だけが着用できるものなので。実際にレースでは、山の中ですれ違う一般の登山者から「頑張ってください!」と声を掛けていただくなど、尊敬の対象になっているのです。私自身、前回までは参加者を尊敬の眼差しで見つめる側でした。だから、「いつか絶対にあのゼッケンを着てやる!」と。

1日目、早月小屋地点で(手前) 野田憲伍氏提供

ゴール地点で迎えてくれた妻の涙

13」の番号が書かれた、そのゼッケンを身に着け、TJARの本番に挑まれましたね。一番、苦労した体験を聞かせてください。

レースの後半でケガをしたことです。南アルプスを登っていた際に、悪天候の影響もあって鎖場で足を滑らせてしまいました。かろうじて滑落はしなかったものの、左足を岩にぶつけて足首を痛めてしまいました。歩けない程の負傷ではなかったのですが、とにかくゴールまでの距離が長く感じられました。ゴールを意識すればするほど、遠ざかっていくような感覚でしたね。

2日目、双六小屋地点でルート確認(手前) 常冨博之氏提供

そのようなアクシデントにも負けず、30名の参加者の内、10名がリタイアしたなか、17位で完走した訳ですね。

はい。南アルプスを何とか抜けて、静岡の街中に入ったころから、沿道の応援の声が聞こえ始めました。その声援が力になって、最後まで諦めずに進み続けることができました。駿河湾のゴール地点に着いた瞬間、目に飛び込んできたのは、出迎えてくれた妻が泣いている姿。私も、これまでの家族の協力を思い出し、もらい泣きしてしまいました。

感動のゴールの瞬間(ゼッケン13) 金森敬仁氏提供

マネジメントしながら高い目標を達成する

奥様を始め、周囲の応援が支えになったのですね。改めて、今回のTJARの経験から関さんが得たものは何か、教えてください。

主に2つあります。ひとつは、人の支え、繋がりの大切さ。それを感じたのは、レース1日目、想定タイムから少し遅れ、ちょうどタイミング的にも疲れ切っているときの出来事でした。一般登山者の方から「関さん!」と名前を呼んで声援をいただいたんです。本当にありがたくて、そこから、いわゆる“ゾーン”に入り、30分から1時間の遅れを一気に取り戻すことができました。身をもって、人の支えが力になることを感じています。
※ゾーン=あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、極度の集中により、パフォーマンスが高くなる状態

もうひとつは、マネジメント。成し遂げたいことがあるときに、事前の計画に加えて、計画したことをちゃんと本番で実践することが大切です。私は今まで、マラソンなどのレースに何度も参加しましたが、一度もリタイアしたことがありません。それは、「速く走る」ことはもちろん、「完走する」ことを重視して、ペース配分をしっかり考えていたから。自分のベストを尽くすためには、“やるべきことを、やるべきときにちゃんとやる”自己管理を意識しています。

仕事に置き換えれば、何らかのプロジェクトに携わるとき、収益目標を立てるのも大事ですが、まずは「やり遂げる」ことを目指すべきだと思っています。プロジェクトを遂行し技術力が上がってくれば、自然と収益を出せるチームができてくる。だからやり遂げるための戦略を立てることを重視していますね。

有名なスポーツカーブランドの部品開発を担当

よくわかりました。では、そうしたモットーを持つ関さんが、OSTechでどのような仕事に携わってきたのか、教えてください。

1月1日付で事業推進本部に異動したのですが、それまでは豊田支店で、大手自動車メーカーの開発案件などを請負のかたちで手掛けるエンジニアのチームをマネジメントしていました。在籍中、おおよそ11案件のプロジェクトが進行していました。それぞれのチームに参加しているエンジニアの数は、案件の進行によって流動します。例えば、誰もが知っているスポーツカーブランドで使われる、新しい部品の設計を任せていただいているプロジェクト。最盛期には10名のエンジニアが参加していました。

私がチームをマネジメントする上で工夫していたことは、ひとつのプロジェクトを完遂するのに必要最小限の人数に対して、常に少しだけ多い人員に参加してもらい、余裕のある体制を組むこと。そうすれば、人材の育成ができ、メンバーのひとりが体調を崩し、離脱してしまったとしても、カバーできる。追加の案件にも対応が可能となります。また、心身共に余裕があれば、新しいアイデアも生まれやすい。お客様が期待する納期と品質以上の結果で応えられる。そうすることで、お客様から「安心して任せられる」と評価していただける訳です。

OSTechではこの度、「インテグレーション事業本部」を設け、請負業務の拡大を目指しています。SESによって業績を拡大してきたOSTechが請負を手掛けるメリットは何でしょう。

「会社としての技術力の強化」と「若手エンジニアの育成に繋がること」の2点でしょう。SESで高度な技術を扱う案件を手掛けた場合、その現場を経験したエンジニア個人の技術力は高まる。でも、例えば、そのエンジニアが転職してしまえば、会社には何も残らない。その点、請負で案件を扱えば、「会社としての技術力」がアップする。

また、自社内のチームで案件を請け負うので、若手エンジニアのキャリアアップに最適な役割を任せることも可能。実際、私が請負チームを編成する場合は、できるだけ経験の浅い若手にもチームに入ってもらうように心がけていました。

「OSTech」というゼッケンの価値を高めたい

そのような請負業務の可能性に、関さんが気付いたのは、何がきっかけだったのでしょうか。

前職での経験が元になっています。私はもともと、工学系の大学の出身。卒業後は、SES事業を展開していた企業に新卒入社し、エンジニアとしてのスタートを切りました。大手自動車メーカーの開発プロジェクトに携わり、レーダークルーズコントロール用のセンサーを手掛けたりしていました。ところが突然、営業に異動になって。「技術がわかる営業職を育成したい」という会社の方針からだったようですが、私はエンジニアを続けたかった。「1年経っても営業に合わない場合は、エンジニアに戻ってもいい」という約束で、異動を承諾しました。

営業として大手自動車メーカーさんと取引を進めるうちに、請負の案件を受注。そのメーカーさんからの請負案件は会社としては初めてでした。営業になって1年ほどのことで、そろそろエンジニアに戻りたかったのですが、受注しちゃったので戻るわけにもいかず。お客さんにも迷惑掛けられないですし(笑)。結局そのまま残り、最初は2名でスタートした案件も、その後の6年間ほどで100名規模のチームに拡大することができました。

成功できたのは、ちょうど営業に異動したころから、個人的に始めた株式投資のお陰かもしれません。株の売却益や配当金を新たな株への投資に回して資産を大きくしていくように、請負の案件を手掛けることで、チームの技術力がアップし次はより大きな案件を受注できる。それに気付いて、請負事業を大きくしていくことの面白さに、熱中していました。

なるほど。その後、OSTechにジョインした経緯を教えてください。

OSTechからスカウトのお話をいただいたのがきっかけです。多数の未経験者を採用してエンジニアとして育成しているOSTechで、請負部門をつくりあげれば、より大きなことができるのではないか。そう考えて、転職を決めたのです。

ですから、入社した当初から請負部門のマネジメントを務めていました。しかし世界的な半導体不足の影響で、大手自動車メーカーさんのプロジェクトが止まってしまって。入社当時の理想通りには、まだ動けてはいないです。今の部署でも請負部門には関わるため、引き続き、請負拡大に向けて尽力したいですね。

世界経済の煽りを直接受けてしまったんですね。入社の際に掲げられていた「理想」とはどのようなものだったのでしょうか。

ハイスキルのエンジニアを集めた“精鋭部隊”のチームを編成して、技術的な難易度の高い案件であっても完遂できる請負部門を作り上げることです。モノづくりの世界で「難しい案件だから、OSTechさんにお願いしよう」と評価され、エンジニアの間でも「あの人たちがいるOSTechで働きたい」と憧れられるドリームチーム。TJARのゼッケンのように、「OSTech」という社名のブランド価値を上げていきたいのです。その大きな目標のために、新しい部署でも努力し続けていきたいですね。支店という枠から外れたので、さらに精力的に活動できると思います。

OSTech版の『アベンジャーズ』のような壮大な構想、実現したらすごいですね! 本日はありがとうございました!

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